東京高等裁判所 昭和63年(行ケ)280号 判決
一 請求の原因一ないし三の事実、本件審決の理由の要点のうち、本願考案の要旨及び引用例の記載内容がいずれも本件審決認定のとおりであること並びに本願考案と引用考案との間に本件審決が挙示する相違点が存在することは当事者間に争いがない。
二 そこで、まず、原告主張の取消事由(1)について判断する。
1 本願考案について
前記当事者間に争いのない本願考案の要旨、成立に争いのない甲第二号証(本願明細書)及び甲第三号証(本願図面)によれば、本願明細書には、本願発明の目的、構成及び効果について次の記載があることが認められる。
(一) 目的
(1) 本考案は流体移送などに用いられるホースの改良に関し、屈曲性、復元性及び耐久性に優れると共に、高温低温による性能の劣化を招くことの少ない比較的低コストのホースを提供することを目的とする。(甲第二号証一頁一二行ないし一六行)
(2) 従来より加工性が良く低コストで形成することができる軟質ビニール製ホースが汎用されている。又軟質ビニールとゴムとの二層構造から成るホースも使用されている。しかしこれらホースは強度に難点があると共に、ホース使用中にホースが折れ曲り、又は捩れることによつて閉塞部が生じ易いという欠点を有している。(同一頁一七行ないし二頁三行)
(3) これら欠点を補うために、軟質ビニールなどから成るホース管肉内に、堅剛性の金属線条又は硬質ビニール線条を補強材として埋設することが行なわれている。ところが、金属線条を埋設したものでは、ホースに外圧が加えられ折曲げられると、金属線条に折れぐせが残り、ホース管形が変形したままとなりやすく、又金属線条の変形に伴ない内層と外層とが剥離する重大な欠点があり、更に金属線条を用いるため重量が大で、切断するにも特別の切断器を要するという欠点があつた。一方硬質ビニールを埋設したものでは、厳冬期など低温時には硬質ビニールが硬化し、屈曲性、復元性に劣るばかりか、破損又は亀裂が生ずる欠点があり、盛夏期など高温時には硬質ビニールが軟化して補強効果を失なうというビニール特有の欠点があつた。(同二頁四行ないし一九行)
(4) 又従来より、高重合度ポリエチレン、ナイロン、マイラー等の合成樹脂製テープを内層の周面に巻付けて補強材とするものがあるが、ホースの内層と外層との境界部全面に前記テープが巻付けられ、且つテープ両面に接着剤を塗付しているので、ホースの屈曲性が極めて悪くなると共に、内層と外層との間に剥離が生じやすいという欠点があつた。(同二頁二〇行ないし三頁七行)
(二) 構成(1)
本考案は上記従来例の欠点を是正するため、軟質ビニールとゴム又は軟質ビニールの二層構造から成るホース管肉内に、ナイロン、ポリエステル、ポリエチレン又はポリプロピレンの柔弾性復元材から成りコイル形状の自己保形性を有するコイル状線材を埋設したことを特徴とする。(同三頁八行ないし一四行)
(2) 軟質ビニールとゴム又は軟質ビニールの二層構造から成るホース管肉内に、ナイロン、ポリエステル、ポリエチレン又はポリプロピレンの柔弾性復元材から成りコイル形状の自己保形性を有するコイル状線材を埋設したことを特徴とするホース。(同実用新案登録請求の範囲)
(3) コイル状線材4を内層部2外周に套装する方法としては、予め所定形状に形成したコイル状線材4を内層部2外周に套装する方法がある外、第3図に示す如く、供給ローラ6より供給されるナイロン等の線素材7を軸方向に移動する内層部2外周に捲付け、その際線素材7をヒーター8により加熱軟化することにより、所望の曲率の永久曲げを前記線素材7に与えてコイル状線材4を形成すると共に、コイル状線材4を内層部2の外周に捲着しうる方法等がある。(同四頁一三行ないし五頁二行)
(三) 効果(1)
本考案は叙上の如くの構成を有し、軟質ビニールとゴム又は軟質ビニールの二層構造から成るホース管肉1内に、ナイロン、ポリエステル、ポリエチレン又はポリプロピレンの柔弾性復元材から成りコイル形状の自己保形性を有するコイル状線材4を埋設しているので、ホース管肉1が軟質ビニールとゴム又は軟質ビニールの二層構造製のものであるにも拘らず、ホースの強度は充分に保たれると共に復元性能及び屈曲性能に極めて優れる。(同五頁六行ないし一五行)
(2) 更に、コイル状線材の自己保形性によりコイル状線材のコイル径が一定しているので、ホース管肉の内外層部間の剥離を誘発せず耐久性に極めて優れたホースを得ることができる。(同七頁一一行ないし一五行)
(3) 又本考案は補強材としてナイロン、ポリエステル等の柔弾性復元材を使用しているので、従来例における硬質ビニールを補強材として用いたものに比較し、高温、低温による性能の劣化を招くことが少なく、常に良好な性能を保ちうるという効果もある。(同七頁一六行ないし八頁一行)
(4) 又本考案のホースは、特別の切断器を用いることなく切断でき、破損、亀裂が生じにくく、安価に製造できるという効果を有する。(同六頁二行ないし四行)
(5) 更に本考案は、ホース管肉を加工性が良く低コストの軟質ビニールとゴム又は軟質ビニールの二層構造で構成しているので、ポリエチレン等でホース管肉を形成したものに比較して、低コストになるという効果を有している。(同八頁五行ないし九行)
以上の記載があることが認められる。
右記載によれば、本願考案の「コイル状線材」は予め所定形状に形成され、あるいは所望の曲率の永久曲げを与えて形成されたものであつて、ホース管肉内に埋設される時には既にコイル形状に成形されたものであること、したがつて、右コイル状線材は、自らコイル形状を保持しようとする性質を持つこと、右の性質を本願考案の要旨においては「コイル形状の自己保形性」といつているものであること、本願考案は、コイル状線材が自己保形性を有することにより、ホース管肉の内外層部間の剥離を誘発せず耐久性に極めて優れたホースを得ることができるという効果を奏する(コイル状線材が自己保形性を有することにより本願考案が右の効果を奏することは、被告の認めるところである。)ことがそれぞれ認められる。
2 引用考案について
これに対し、前記当事者間に争いのない本件審決認定の引用例の記載内容並びに原本の存在及び成立に争いのない甲第四号証(引用例)によれば、引用考案は、軟質塩化ビニル樹脂よりなるホース壁に硬質の熱可塑性ポリエステル樹脂よりなる補強線条を螺旋状に埋設したホースに関するものであるが、右補強線条2が埋設されたホース壁1は一層構造であること、引用例には、本件審決認定のとおり「ホースを折り曲げた際に腰折れが生じたり、ホース自体が変形することを防止できる」点についての記載はあるが、補強線条が自らコイル形状を保持しようとする性質を有すること及びホース管肉の内外層部間の剥離を誘発しない点についての記載はないことが認められる。
そうすると、引用考案の補強線条が、前記本願考案でいう「コイル形状の自己保形性」を有すると認めることはできない。
被告は、補強線条を螺旋状に埋設してホースを構成する場合、予め硬質合成樹脂よりなる線条を捲いてコイルを作り、これを補強線条として埋設することは、一層構造ホースにおいても(乙第四号証)、二層構造ホースにおいても(乙第一ないし第三号証)慣用手段として行われていることであるから、引用考案が、予め硬質の熱可塑性ポリエステル樹脂よりなる線条を捲いて作つたコイルを補強線条としてホースを構成するものを包含することは明らかである旨成立に争いのない乙第一ないし第四号証を引用して主張する。
しかし、右乙第一ないし第三号証は、二層構造のホースに関するものであることが被告の主張自体から明らかであり、また右乙第四号証によつて被告主張の点が一層構造のホースにおいて慣用手段として行われていることを認めるには十分ではなく、他にこれを認めるに足りる証拠はない。しかも、引用例にはホース管肉の内外層部間の剥離を誘発しない点についての記載はないことは前記のとおりである。
そうすると、引用考案が、予め硬質の熱可塑性ポリエステル樹脂よりなる線条を捲いて作つたコイルを補強線条としてホースを構成するものを包含していると認めることはできない。被告の右主張は採用できない。
また、被告は、硬質合成樹脂線条を捲いて作つたスプリングコイルをホースの内外両層の間に介装又は包蔵せしめると、ホースの管形保持が確実で、ホース変形による移送物質の流通障害は生じないことが成立に争いのない乙第一、第二号証に記載されており、これは乙第一、第二号証に記載されたスプリングコイルが自らコイル形状を保持しようとする性質、即ち「コイル形状の自己保形性」を有することを意味し、このコイル形状の自己保形性によつてホースの管形が保持され、ホースの変形が防止されるものである旨主張する。
しかし、ホースの管形保持が確実であること及びホース変形による移送物質の流通障害が生じないことが、ホースに使用されたスプリングコイルが「コイル形状の自己保形性」を有することを直ちに意味するものではないことは、前記1(一)(2)及び(3)において認定した本件明細書の記載から明らかであるから、右乙第一、第二号証は右の判断を左右するものではない。
3 本件審決の認定判断について
前記当事者間に争いのない本件審決の理由の要点によれば、本件審決は、「引用考案の補強線条により「ホースを折り曲げた際に腰折れが生じたり、ホース自体が変形することを防止できる」ということは、補強線条が自己保形性を有し、復元性があることを意味しているから、両者は、「軟質ビニールから成るホース管肉内に、ポリエステルの復元材から成りコイル形状の自己保形性を有するコイル状線材を埋設したホース」という点で一致し」と認定判断していることは明らかである。
しかしながら、前記1のとおり本願考案でいう「コイル形状の自己保形性」とは、コイル状線材(引用考案では「補強線条」がこれに相当する。)が、自らコイル形状を保持しようとする性質をいうものであるところ、引用考案の補強線条が右の意味での「コイル形状の自己保形性」を有していると認めることはできないことは前記2のとおりである。したがつて、本願考案と引用考案とが「「コイル形状の自己保形性を有するコイル状線材を埋設したホース」という点で一致し」とした本件審決の認定判断は誤りであるといわなければならない。
そして、本願考案が「コイル形状の自己保形性」を有することによりホース管肉の内外層部間の剥離を誘発せず耐久性に極めて優れたホースを得ることができるという効果を奏することは前記1のとおりである。
そうすると、取消事由(2)及び(3)につき判断するまでもなく、本件審決には、原告主張のとおり本願考案と引用考案との間に存する相違点の看過誤認があり、これが本件審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、本件審決は違法として取消を免れないものである。
三 以上のとおりであるから、その主張の点に判断を誤つた違法があることを理由に本件審決の取消を求める原告の本訴請求は、理由があるのでこれを認容することとする。
〔編注1〕本願考案の要旨は左のとおりである。
「軟質ビニールとゴム又は軟質ビニールの二層構造から成るホース管肉内に、ナイロン、ポリエステル、ポリエチレン又はポリプロピレンの柔弾性復元材から成りコイル形状の自己保形性を有するコイル状線材を埋設したことを特徴とするホース」(別紙(一)参照)
〔編注2〕本件における図面は左のとおりである。
別紙(一)
<省略>
(以下省略)